おしながき

葉ごぼう(その1)油揚げと炊いたん


ハゴボウ(葉牛蒡) 学名:Arctium lappa L
キク科ゴボウ属
根だけでなく葉柄をメインに食べる種類のゴボウ

「若ごぼう」とも呼ばれる。大阪・八尾市の「八尾若ごぼう」が有名だ。

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香川県でもハゴボウを栽培していると知ったのはNHKのテレビ番組『まんぷく農家メシ』で

4月17日放送「不思議野菜・葉ごぼうで春の香り満喫~香川・高松市~

番組内で紹介されていた煮物の天ぷらが気になっていたら、ひょっこり近所のスーパーに地のもの(京都)が売っていた。




初めて食べるので、それぞれの部位を味見。

茎は煮物、葉っぱはめはりずし、根っこは金平、さらに煮物は天ぷらにしようと思う。

( ..)φ 葉ごぼうBlogは全4話でお送りします。🤓

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まずは茎を煮物に☆彡


茎には細かな毛が生えていて(やや粘着性もあるような感じで)、付着した小さなゴミやコバエ(?)をとるのに意外と手間取る。。

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さっと湯通しして、


食べやすいサイズに切った葉ごぼうを


油揚げと一緒にだしで炊く。


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まずは一品できあがり☆彡
葉ごぼうと油揚げと炊いたん


日本の食卓に うましかて!


参考:参考:かがわの県産品一覧「葉ごぼう」、香川県卸売青果ネットワーク「葉ごぼう」、大阪府「八尾若ごぼう」「若ごぼう料理


炒めたキャベツを巻いた卵焼き


たまごやき【卵焼(き)】
鶏卵をかきまぜ、調味料やだし汁で味つけをして焼いた料理。また、それを作るための底の浅い四角い鍋。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「たまごやき

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卵焼きのバリエーションは家庭の数だけあって、茶色く焼き目のついた甘い卵焼き、ふんわり出汁巻き卵、ごま油の風味が効いたもの、葱などの具材を混ぜ込んだもの、いろいろだ。


卵焼きには子ども時代の思い出が詰まっている。


《炒めたキャベツを巻いた卵焼き》

私の場合は粗めに刻んだ千切りキャベツを塩コショウで炒めて、それを巻いて作った卵焼き。これがなつかしい味だ。

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関西のひとはキャベツ好きだと思う。



あるとき大阪のホテルの朝食ビュッフェで「温野菜」というプレートのついたステンレスの蓋を開けて驚いたことがある。

ちなみにあのステンレス製の保温器は「ロールトップチェーファー(roll top chafer)」「ロールトップチェーフィングディッシュ(roll top chafing dishes)」というらしい。




ホテルビュッフェの温野菜といえば大抵は、ブロッコリー・人参・カリフラワー・いんげんなど冷凍野菜を温めたものだから、その時も期待せず開けてみたら、そこにはキャベツ&ベーコン炒めが入っていた。

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塩と胡椒で炒めただけのキャベツとベーコンは普通に美味しくて、キャベツの優位性もまた関西の特徴のひとつなのだなぁと再認識させられた。




子どもの頃の卵焼きは、何も入っていないプレーンなものもあれば、炒めたキャベツが巻いてあることもあった。青葱を刻んだものが入っていることもあったように思う。

どれも大好きだった。


今もたまに食べたくなるキャベツ入り

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郷愁は味覚のひとつでもあるのだなぁ☆彡


日本の食卓に うましかて!


筍ご飯(後編)米ぬか


こめぬか【米糠】
玄米を精白するときに出る外皮や胚 (はい) の粉。黄白色で、脂肪・たんぱく質などを多量に含む。飼料・肥料・漬物などに用いる。ぬか。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「こめぬか

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筍のあく抜きといえば、米ぬかに唐辛子。

 過去Blogも見てね
 → 筍の木の芽和え(白い粒々の正体) 👀




昔は町にお米屋さんがあって、そこで精米していたから米ぬかを入手するのは難しくなかった。

最近はそうもいかないので、大抵は生筍と一緒に小さな袋に入った米ぬかが売られている。

今日の筍にも米ぬかの袋が付いていた。


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米ぬかというと、昔のほうが今より身近だから、より安心安全というイメージがあるかもしれないが、必ずしもそうではない。

興味深いエピソードを紹介しよう。



料理研究家の草分け的存在・辰巳浜子さん曰く、
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製米機の電化によって、近頃の米は無砂で搗きます。昔は手搗きでしたから、砂を入れなければならないので、糠味噌に用いる糠はふるいにかけて砂をはらったものでした。
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娘につたえる私の味』辰巳浜子




精米を短時間で行うため、戦前は砂や石灰岩を混ぜて玄米を搗いていた。

搗粉を混ぜれば早く精米できるが、精米された米にも搗粉が混ざるから「混砂搗米」を研ぐときは注意が必要だった。

ましてや、米ぬかに搗粉が混じるのは当然で、家畜の飼料に適さないのはもちろん、筍を茹でるのにも不向きであった。




大正時代に出版された料理本に次のようにある。

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1 筍を茹く時には米糠を入れて茹く人が有りますが今の米糠には石灰が這入って居りますので衛生にも良く有りませんし、又筍が黒く成つていけません。

2 筍を茹く時には皮を剥き適宜に切り昆布又は若布を入れその中に赤唐辛子十二本を入れて茹きますと大変早く茹けますし又美味しく茹けますから取り出し水の中に一日位浸けて置いて後用います。
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米ぬかには石灰が入っているから米ぬかを使わずに、昆布とわかめと赤唐辛子で茹でるのがいいと言っている。




当時「混砂搗精米の禁止」という国会議論もあったぐらいだから大きな社会問題だったのだと思う。

参考:神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫
   報知新聞 1919.6.12(大正8)「精米法の改善 混砂搗禁止急要」



いつの時代も食の安心安全は人々の一大関心事だ。

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米ぬかであく抜きした筍を、まずは筍ご飯で☆彡


根っこのほうを細めの短冊切りにして炊き込むのがわが家流の「筍ご飯」

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そういえば「噴飯」という言葉、焼き筍に由来している。

蘇東坡から手紙を受け取った文与可(墨竹画の名人)が、奥さんと焼き筍を食べながら手紙を開けてみたら、筍を食べているだろうと書いてあってびっくり。思わず笑って噴き出したという故事だ。


華国風味』青木正児、『東坡文鈔(文与可画篔簹谷偃竹記)』



古も今も変わらず、季節の筍は美味しい。



鯛のあら炊きをおかずに添えて☆彡


日本の食卓に うましかて!



筍ご飯(前編)紫のいぼいぼ


タケノコ(竹の子、筍)学名:Bambuseae Kunth ex Dumort.
イネ科タケ亜科タケの若芽

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毎年この季節になると筍を何度も食べるからBlogにも幾度となく取り上げて、さて今年は何を書こうかと思う。

 過去Blogはこちら
 → 筍の木の芽和え たけのこの白い粒々の正体
 → 筍づくし たけのこの種類について
 → 筍ご飯 それぞれの思い出、水上勉・辰巳浜子・辻嘉一



《今日は徳島県産の孟宗竹》

赤紫色のいぼいぼは根っこになるところ。色素成分は水溶性の「アントシアニン(anthocyanin)」だから、茹でると色が抜けて白っぽく灰色がかった色になる。


《今にもニョキッと出てきそう》

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孟宗竹の名前は三国時代の呉の人・孟宗にちなんでいる。

孟宗、竹林に泣けば寒中笋(たけのこ)生ず。

病に伏した母のために、母が大好きな筍を掘りに冬の竹林に入った孟宗、むろん筍があるはずもない。天を仰いで嘆き悲しんでいたら雪を穿って筍が出てきた、という親孝行の話。


出典:『家庭読本孝子画噺. 下』(大正1)

モウソウチクは筍のなかでもいち早く生じることから、孟宗の冬の筍の話をとって「孟宗竹」と呼ばれるようになったそうだ。

参考:『修身二十四孝:少年教育 雪筍児話訳』(明治24)-孟宗の堀筍-、
『お伽噺二十四孝』(明治44)-孟宗-、『芸術資料. 第一期 第五冊』金井紫雲


故事のついでに昔話をもうひとつ。

とんちで知られる一休さん、たまにはとんちで負けることもある。「筍のお葬式」では新左衛門(新右衛門)さんに軍配が上がった。


出典:『面白讀本 : 笑ひと教訓. 2年生』(昭和11)


蜷川新左衛門の庭に隣の寺から筍が生えてきた。だが無断で採って食べるのも憚られる、考えた新左衛門は大きな声でこう言った。

「断りもせずに侍の家に入ってくるとはけしからん!
 無礼千万手打ちに致す」

それを聞いた一休さん、すかさず訪ねて曰く
「切られた悪い奴を寺で弔いますので死骸をお引渡しください」

いつもならここでお終いだが、新左衛門さんも負けてはいない。

「弔って頂こうと考えていましたが、お寺に手数をかけるのは申し訳ないので、こちらで火葬に致しました。せめて着物だけでもお寺で弔ってください」と、一休さんに皮だけ渡した。👏👏

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  竹の林のたけのこは、
      ほれば、黄いろい房がでる。
  紫いぼいぼ、たけのこは、
      ほれば、その根に土がある。

たけのこ」北原白秋




つづく



野蒜(のびる)のぬた


ノビル(野蒜) 学名:Allium macrostemon
ヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属の多年草

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子どもの頃、田んぼのあぜ道でタンポポやレンゲの花を摘んで遊んでいると、糸のように細長い葉っぱを摘んでしまうことがあって、指先についたネギの匂いに顔をしかめたものだった。

今思うとあれが野蒜で、春の訪れの懐かしい匂いだ。




野蒜(山蒜とも)と日本人との関りは古く『古事記』や『万葉集』にも詠まれている。

代表的な歌がふたつある。

まずは『古事記』 応神天皇の歌

 いざ子ども 野蒜摘みに 蒜摘みに
 わが行く道の 香ぐはし 花橘は
 上枝は 鳥居枯らし 下枝は 人取り枯らし
 三つ栗の 中つ枝の ほつもり 
 赤ら嬢子を いざささば 宜らしな

  いざこども のびるつみに ひるつみに わがいくみちの
  かぐはし はなたちばなは うえつは とりゐがらし
  しもづえは ひととりがらし みつぐりの なかつえの
  ほつもり あからおとめを いざささば よらしな



《いざ子ども 野蒜摘みに 蒜摘み》

出だしの快活なフレーズが心地いい。

(現代語訳)
さあ娘たちよ、野蒜摘みに、蒜摘みに、わたしが行こうとする道に、香りのよい花橘が咲いている。その橘の上の枝にある花は、鳥がつついて枯らしてしまう。下の枝の花は、人が取って枯らしてしまう。中の枝の、まだ蕾のような、赤い頬をした少女を、手に入れたらならよいのだが。
出典:『古事記 増補新版

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本草図譜 42』山蒜(のびる)

もうひとつは『万葉集』 長忌寸意吉麿の歌

 醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふ
     吾にな見えそ水葱の羹

  ひすおすにひるつきかててたいねがう
       われになみえそみずなぎのあつもの


醤酢に蒜をつぶして鯛が食べたい、だから私に熱い水葵汁なんか見せないで




冬が終わって春になり、陽ざしが明るくなるにつれて野に緑が芽吹く。

そして、春といえば「桜鯛」

万葉のひとも鯛のぬたを肴に酒を飲んだのだなあ。




今日はさっと茹でて酢みそで和える☆彡


日本の食卓に うましかて!