するめいかの詰め物(ワタ入り)


スルメイカ(鯣烏賊)学名:Todarodes pacificus
ツツイカ目アカイカ科スルメイカ属の1種 

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スルメイカは日本において古くからの重要な海産資源である。

平安時代には朝廷への献上品とされていたし、室町時代以降は中国への重要な輸出品であった。

1912年(大正元年)の輸出品目のなかでも昆布に次ぐ輸出量を誇る。(ちなみにその次は干鱈)


参考:日本水産資源保護協会「わが国の水産業 いか
国立国会図書館デジタルコレクション「輸出海産貿易」




戦中戦後の貴重なタンパク源でもある。🦑

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蛋白源としては近海で捕れるイカぐらいしかなく、来る日も来る日もイカばかり続くので、町の人達は協同炊事のことを、「イカ炊事」と呼んでいた。
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大阪府・宮脇宏三『別冊中央公論2 親が子に残す戦争の記録』所収



もちろんワタも食べる。
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袋からしぼり出し、火にかけ、醤油、塩、砂糖などで好みの味をつけてから、白菜、青菜の茹でたものを和えても、すり胡麻代用になり大変おいしく頂けます。

また、わたの中の「しらこ」はさっと茹で、吸物または味噌汁の椀種にしても結構です
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『婦人之友 昭和17年2月号』所収
戦下のレシピ』斎藤美奈子


すり胡麻の代用という点に食糧難の時代を感じる。もちろんワタが美味しいからということもあるだろうが、それよりも調味料が絶対的に不足していたから、うま味やコクのあるものを大切にしたのだろうと思う。




戦後の食糧難は、単に食べるものが不足して空腹に苦しんだだけでなく、調味料不足も深刻で「何を食べても不味かった」というのも相当辛いことだっただろうと思う。

今では好く言われることのない「味の素」が当時にあっては大切な調味料、魔法の杖だった。




阿川弘之氏のエッセイにその雰囲気をよく伝える文章があるので紹介しよう。

敗戦から7ヶ月後、広島の焼け跡での暮らしぶり

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親子無事揃って三度の食事が出来るだけ倖せと思わねばならないのだが、質も量もひどい粗食、母の作る朝の味噌汁なぞ、如何にも不味かった。

味噌も悪いし、だしを取ろうにもろくな材料が無い。

不興顔の私を見て、「そうか。そんなら原子爆弾使おうか」 隠し戸棚から母が取り出したのは、貴重品の闇物資、昔通りの缶入りの味の素であった。

一すくい入れると、味噌汁の味がびっくりするくらい良くなった。私は味の素に感謝した。
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食味風々録』阿川弘之

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閑話休題。
今日はスルメイカの詰め物のトマト煮込み彡


細かく切った野菜を炒めて


小さく切ったゲソも炒めて


ワタを加えて


パルメザンチーズを加えて


スタッフィングの完成☆彡



粗熱をとったスタッフィングをイカの胴に詰める


1尾は皮を剥いてみたが、もう1尾は剥かずにそのままにしてみた。



イカの皮をクルリと剥くと、後に細かな繊維のようなものが肉にくっついて残る。

これはコラーゲンの繊維で縦方向に走っているからで、加熱したときにイカが縦に丸まる原因でもある。

参考:日本水産資源保護協会「わが国の水産業 いか




トマトで軽く煮込んだら出来上がり☆彡


日本の食卓に うましかて!
(食材も調味料も豊かな食卓に感謝)


レシピ詳細はここから見てね 👀
→ クックパッド「するめいかの詰め物」byもみないな



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