帆立ソテーの紅白ソース


ホタテガイ(帆立貝) 学名:Mizuhopecten yessoensis
二枚貝綱 翼形亜綱 イタヤガイ科

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白洲次郎・正子夫妻が好んだ家庭料理のひとつに「ほたて貝のクリームソース」というレシピがある。

正子さんは料理をしないので、長女・桂子さんが両親のために作っていた家庭料理の一皿 🍽️

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ほたて貝のクリームソース
輸送技術が今のように進んでいなかった頃には、ほたて貝はあまり馴染みのない貝で、両親ともあまり好きではありませんでしたが、このお料理を作るようになってから、喜んで食べるようになりました。
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出典:『白洲次郎・正子の夕餉』 牧山桂子




白洲夫妻が結婚したのは1929年(昭和4年)、次郎27才、正子19才、今の感覚からするととても若い。

それぞれ海外留学から帰国した翌年のことである。

次郎氏は17才で英国に留学し8年、正子さんは14才で米国に留学し4年を過ごしたが、金乳恐慌をきっかけに1928年(昭和3年)に帰国した。

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長女・桂子さんの料理の話を読んでいると、英国流の父、アメリカ流の母、そしてご自身、ひとりひとりの個性が食の好みからも推し量られて面白い。




夫妻は1940年(昭和15年)に東京郊外(鶴川村)に古い農家を購入し移住する。

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食料は目に見えて少くなっており、戦争がはじまれば食べものを確保しておくのが一番必要なことだと思っていた

 (略)

家の中は荒れ放題だった。茅茸屋根は雨洩(あまも)りがしていたし、床も腐って踏みぬくというあんばいである。

買ってはみたもののそのままでは住めなかったが、さすがに骨組だけはしっかりしており、大黒柱や梁(はり)などは見事なもので、それだけで私たちは満足した。
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食糧難を見越した冷静な判断は実業家らしく、また、古美術への審美眼が古民家を選択させたのうだろう。





《雑木林にかこまれた山懐の古民家》


《雉鳩とが2羽とまっている》


《長屋門を背に母屋を望む》


敷地内は静かな佇まいであるが、周囲はすっかり宅地開発されて、ここだけが飲み込まれずに踏ん張っている。


《縁側の向かいは竹林》


《「蔵国」と「模国」にまたがる鶴川村》



母屋内は撮影できないが、納屋のギャラリーは撮影可 👀



ソーダファウンテンを備えた本格的なバーカウンター

入口のすりガラスには「GENTLEMEN ONLY SALOON BAR」とある。


《当時を偲ばせる舶来の家電や雑貨たち》


《遺言書の言葉「葬式無用 戒名不用」》


白洲次郎氏は1985年(昭和60年)に83才でこの世を去る。正子さんは13年後、88才で亡くなった。



夫妻の邸宅は2001年(平成13年)に記念資料館として一般公開され、長女・桂子さんが館長をつとめられている。


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今日は「ほたて貝のクリームソース」を超簡単わが家流にアレンジ☆彡



刺身用のほたて貝に軽く塩をして


オリーブ油でソテーし


温めたお皿に市販のクリームソースを敷いて



市販のトマトピューレを丸くのばした上にほたてを並べて、刻んだパセリを散らして出来上がり☆彡


日本の食卓にうましかて!




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