《なつかしい味》 チキンラーメン


インスタントラーメン
即席麺の一。麺と調味料が同梱されており、数分のゆで時間で、または熱湯をかけて数分おくだけで食べられるラーメン。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「インスタントラーメン

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子どもの頃、両親があまりうるさくなかったので比較的自由にインスタントラーメンを食べていた。

好きだったのはチキンラーメンと出前一丁(塩味)で、チキンラーメンには生卵、出前一丁には刻んだキャベツに溶き卵が定番であった。



《現在のチキンラーメンは真ん中が窪んでいる!》


当時はなんにでも生卵をかける・のっける・混ぜるで、生卵に醤油を入れてそのまま飲む人もいたし、「オロナミンC」に卵黄を混ぜた「オロナミンセーキ」なる飲み物がテレビCMでさかんに放送されていた。

1971年(昭和46年)頃の「オロナミンC」のCM


自分の記憶をたどって、オロナミンセーキを飲んだかな?と考えてみるがまったく記憶にない。一度くらいは試してみていると思うのだが...


🐣


しばらくして1981年(昭和56年)に明星食品から「中華三昧シリーズ」が発売され、「麺」が衝撃的に美味しかった。

(広東風拉麺、北京風湯麺、四川風拉麺の3種類)

このあたりからバブル期に向けてインスタント食品やパウチ・レトルト食品がどんどん美味しくなっていったように思う。




《チキンラーメンには生卵》


先日、開高建氏の本を読んでいたら「チキンラーメン」の誕生裏話を見つけた。

チキンラーメンが発売される2年前、邱永漢氏が作家の三浦朱門・曽野綾子夫妻を訪ねて、持参した即席めんの食評を依頼した、という話である。

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たしか昭和三十一年頃、某日、突然邱永漢氏が三浦邸にあらわれ、妙な干麺をとりだして、朱門、綾子の二人に、これをドンブリ鉢に入れて熱湯をかけて三分たってから食べてごらん、といった。

今、念のために昭和三十一年という文藝手帖でしらべてみると、邱氏が『香港』で直木賞をもらったその翌年だということになる。



《皿でふたをして待つこと3分》


三浦夫妻がいわれるままにやってみると、その麺は即席としてはわるくない味だったけれど麺に腰がなくてグンニャリしていた。

邱氏はいくらぐらいならこれに手がだせるかとたずねるので、四十エンぐらいだろうと答えたら、ニッコリ笑ってそのまま消えた。

あとので考えてみると、これがチキン・ラーメンといって、その後のその一族のハシリであった。
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最後の晩餐』開高健


「その一族」というのはもちろん安藤百福氏と日清食品のことである。

安藤百福氏と邱永漢氏はともに日本統治時代の台湾出身の実業家、安藤氏のほうが邱氏よりひと回りちょっと年上だ。


邱永漢氏が三浦夫妻を訪ねた2年後、1958年(昭和33年)の8月25日に世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売された。値段は一袋35円であった。


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3分たったら出来上がり☆彡 😋


日本の食卓に うましかて!




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