おいしい料理を作るコツ (1)


《味覚・美味しさは主観的》


毎日の料理をこしらえるようになってからもうすぐ4年。

まだまだ発展途上だがそれでも最近ようやく味の「手当て」というようなものが分かってきたような気がする。

酸味には甘味を、あくには塩を、隠し味の砂糖、そういった味つけの加減のようなものや、素材の限界だとあきらめるレベルとか、そういったものがスムーズに判断できるようになってきた。

家族が美味しいといってくれるなら料理上手、自信をもっていい。「おいしい料理」は一律的ではなく非常に主観的なことだ。

また、同じ人でも季節の変化や加齢とともに変化する。



《同じ人でも味覚は変化する》


私自身もこの先、10年、20年とたてば味覚が変わるだろうし、病気やけがをすればまた話も違ってくるだろう。

その頃には若かった頃の自分の味覚を忘れているかもしれない。

なので、いま時点で感じたことなどを記録として書き留めておこうと思う。


     ◇


おいしい料理を作るにはコツがある。

素材の目利きしかり、調理の技術しかり、道具も知識も経験も、奥が深い。持って生まれたセンスもあるだろう。

だが、それら以前のことがある。

この4年間でなくもっと前のことになるが、自分で作る料理が美味しくない原因に気づいたことがある。

大した話ではないのだがふたつあって、それをきっかけに料理の腕がほんのすこし上がったと思っている。




《レシピが美味しいとは限らない》


ひとつは、自分の好みにあった料理家・料理本を見つけること。

レシピはどれもみんな「美味しいもの」だと信じていた。これが大いなる勘違いであった。

ある時、ある本をみて作った料理が美味しかったので、同じ本のなかから別のレシピをみて作ったらこれも美味しかった。

そして、はたと気がついた。

世の中には(自分にとって)美味しくないレシピがたくさんある?!

料理を美味しく作れないのは自分の技術ではなく、レシピが自分の味覚にあっていない、ということを認識した。


それ以来レシピを見るときは次のことを意識している。

 - 砂糖の量
 - 電子レンジの使用頻度
 - 料理家の出身地(西と東の味つけの違いは大きい)




《「塩コショウ少々」をやめてみる》


もうひとつは「コショウ」の存在。

「塩コショウを少々」「最後に塩コショウで味をととのえる」 「最後に粗びき黒コショウを…」

私の場合にはこの「コショウ」が曲者であった。

塩味の加減は料理に重要であるが、コショウは嗜好的な風味だ。

カルボナーラとか、中華の黒胡椒炒めとか、その料理にとって必要不可欠なときだけ入れる。

「塩コショウ」のニコイチをやめたら自分の好みに近づいた。


🍚



《自分の味覚・好みを知る》


たったそれだけのことなのだが、個人的にはこのふたつが料理上手になるための最初の大切な気づきだった。

それ以降は、おいしい料理にはまだまだほど遠いものの《自分で食べて》《そこそこ美味しい》料理なら《そこそこ作れる》ようになったと思う。



つづく




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