おいしい料理を作るコツ (4)

前回からのつづき)


《「うま味」は和食の基本》

だしの素と調味料について書いてきたので、ついでに化学調味料についても書いておこうと思う。

和食の基本はだし、「うま味」である。

酸味・甘味・塩味・苦味の4つの基本味に加え、5つめの基本味となる「うま味」は1908年(明治41年)東京帝国大学の池田菊苗教授によって発見された。

最初の発見は「グルタミン酸ナトリウム」で、早くもその翌年には「味の素」が発売されている。



《グルタミン酸ナトリウム MonoSodium Glutamate》


「味の素」は戦中戦後の食糧難の時代において日本人の食卓を大いに助けた。

だしもまともに取れなければ醤油も味噌も粗悪である。そのようなときに「味の素」を入れると驚くほど料理が美味しくなった。まさに魔法の白い粉である。


当時は多くの料理家が当たり前のように使っていたから戦後の古いレシピにはすべからく「味の素」が記載されている。



《今は基礎調味料を潤沢に使える豊かな時代》


今ではそのような状況も一変し、豊かになった食卓に「味の素」の姿はなく、料理レシピの分量欄に記載されることもなくなった。

化学調味料があまり良いように語られないのは誰もが知るところだろう。

家庭での直接消費は激減する一方で、「調味料(アミノ酸)」という形でだしの素やめんつゆなど様々な食品に使われる。

欧米では「MSG」と表記され、それに対する過敏さは日本以上である。このことは日本との食文化の違いに起因しているところがあるのでまた別の機会に書いてみたい。




要は何が言いたいかというと、化学調味料の是非については様々な議論があって、絶対に使わない!という人もいればまったく無頓着な人もいるが、個人的には適度に適量を使えばいいと思っている。

もちろんわが家に化学調味料の粉末はない。

(上のグルタミン酸の写真は物は試しに買ってみたもので、あらためて味見するとなるほどこういうものか・・と)

人工的な味覚はできるだけ避けたいが、だからといって調味料に含まれるわずかな「調味料(アミノ酸)」を完全排除するほど教条主義的でもない、という感じだ。


     ◇

意識しているのは「うま味」は他の4つの基本味とちがって《味をひきたてる》役割であるということ。

「うま味」という味をつけるわけではない。

驚くかもしれないが、北大路魯山人も化学調味料の使用を完全には否定しておらず、それどころか自分ほど化学調味料を生かして使っている者はいないとまでいっている。




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たとえ化学調味料がいいとしても、物にはそれぞれ千差万別の持味があるのだから、こればかりは人間の力ではどうすることもできないものだと言えよう。

それを化学調味料という一つの味で、日本料理・中国料理・西洋料理と調味するのは無理である。

そんなことをするくらいだったら、自由自在にそれぞれの持味をとり入れたらよいのであって、それに砂糖・塩・酢・酒などで補えばよろしい。



《「うま味」は素材の引き立て役》


化学調味料も死んだ味を生き返らせる意味で、ある場合はよろしい。私のところでは百グラムの罐だと三年たってもまだなくならない。ほんとうに化学調味料を生かして使っているのは私だけだと言えるだろう。

来客料理、あるいは私一人の料理の場合に使ってはいるが、機微を得た使い方をして、生かしているのである。

化学調味料を使用すれば、無精者にはまことに都合がよろしい。だが、これらの人々は、味の低下をもたらす元凶だと言いたい気がするのである。彼らは化学調味料の真の活用方法を知らない徒輩と言えよう。
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魯山人の料理王国』北大路魯山人





料理の味つけには「神の見えざる手」のようなものがあって、うま味と塩味のバランスがとれた時にピタリと味がきまる。

味つけの神様降臨!ともいえる瞬間だ。

ほんの少しの加減なのにほんと不思議で、毎日の家事のなかでこの瞬間ほど楽しいものはない。

台所には台所の神様、米には米粒の神様、八百万の神々様のなかにはきっと味つけの神様もいる。

味つけの神様と仲良くなれたら料理はもっともっと美味しくなるはずだ。そう考えたほうが楽しい。(*'▽')


つづく



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