干し柿づくり


《柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺》

誰もが知るこの有名な句は、正岡子規が奈良で御所柿を食べたときに着想したものとされている。


子規の書いた『くだもの』というエッセイのなかに「御所柿を食いし事」という話があって、明治28年の秋に奈良を訪れた際の宿で柿を食べていたら東大寺の鐘が鳴ったこと、奈良と柿の組合せを思いついて嬉しかったことが記されている。




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下女は余のために庖丁を取て柿をむいでくれる様子である。余は柿も食いたいのであるがしかし暫しの間は柿をむいでいる女のややうつむいている顔にほれぼれと見とれていた。

この女は年は十六、七位で、色は雪の如く白くて、目鼻立まで申分のないように出来ておる。生れは何処かと聞くと、月か瀬の者だというので余は梅の精霊でもあるまいかと思うた。



やがて柿はむけた。余はそれを食うていると彼は更に他の柿をむいでいる。柿も旨い、場所もいい。余はうっとりとしているとボーンという釣鐘の音が一つ聞こえた。

彼女は、オヤ初夜が鳴るというてなお柿をむきつづけている。余にはこの初夜というのが非常に珍らしく面白かったのである。

あれはどこの鐘かと聞くと、東大寺の大釣鐘が初夜を打つのであるという。東大寺がこの頭の上にあるかと尋ねると、すぐ其処ですという。

余が不思議そうにしていたので、女は室の外の板間に出て、其処の中障子を明けて見せた。なるほど東大寺は自分の頭の上に当ってある位である。

何日の月であったか其処らの荒れたる木立の上を淋さびしそうに照してある。下女は更に向うを指して、大仏のお堂の後ろのおそこの処へ来て夜は鹿が鳴きますからよく聞こえます、という事であった。
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青空文庫『くだもの』正岡子規




当時28才の正岡子規が美しい女中のむく柿を食べたのは「對山樓(たいざんろう)」という奈良の老舗旅館である。

現在はその跡地が「日本料理・天平倶楽部」となっていて、子規が見たであろうトヨカ柿の古木を中心に作庭した「子規の庭」が配されている。


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話はそれるが、奈良の中心地近くでおすすめの宿を挙げるとしたら3つある。

奈良公園のなかにある「江戸三」と春日山の原始林のなかにある「月日亭」。

前者は文人・墨客が訪れた往時を懐かしむひとにおすすめ、後者はお料理も静かな環境も文句なしだ。


《奈良公園でお風呂という贅沢 江戸三》


宿泊の離れには鹿が顔をのぞかせる。



《部屋から眺める春日山原始林 月日亭》


食事もお風呂も大満足、朝には狸がやってきた。



そして、初めて奈良に泊まるなら「奈良ホテル」。東京駅駅舎を手がけた辰野金吾氏の設計による本館に明治・大正・昭和を偲ぶ。


《和洋折衷様式が美しい本館 奈良ホテル》




さて、閑話休題。

今日は初めての干し柿づくりに挑戦☆彡


皮を剥いて熱湯に数秒浸して


紐で結んで、日当たりのいいところに吊るす。



美味しい干し柿ができますように☆彡


日本の食卓に うましかて!



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