天ぷら(さつま揚げ)


テンプラ
1 魚・貝・野菜などに小麦粉を卵・水で溶いた衣をつけ、植物油で揚げた日本料理。野菜類のものを精進揚げといって区別することもある。また西日本では、薩摩揚げをいう所もある。
2 《うわべを作るところから》
㋐めっきしたもの。「テンプラの金時計」
㋑にせもの。「テンプラ学生」
3 《「テンプラを揚げる」に掛けたもの》ゴルフのティーショットでボールを空高く打ち上げ、飛距離の出ないミスショットのこと。

出典:デジタル大辞泉(小学館)「テンプラ


     ◇

>また西日本では、薩摩揚げをいう所もある。
>また西日本では、薩摩揚げをいう所もある。

まさにその通りで、私も「天ぷら」と呼んでいた。


東京で「天ぷら」が通じなくて、初めて「さつま揚げ」というのだと知った。別の言い方では「揚げかまぼこ」ともいうらしい。 (*'ω'*)



《シンプルなひら天》

鹿児島では「つけ揚げ」といい、江戸で「薩摩のつけ揚げ」が転じて「さつま揚げ」になったという。

     ◇

関西ではどうして「てんぷら」というのか?それを説明してくれる資料は見当たらない。

さつま揚のことを関西ではてんぷらという、とあるのだが、何故なのか?がわからない。



《海老が入ったまる天》

江戸時代末には関西にも天婦羅と薩摩揚げがともに存在していたわけで、混同しないよう呼び分けしても良さそうなものだが、150年たった今も両者を「てんぷら」と呼んでいるのは興味深い。

     ◇

そういえば、おでんのことを関西で「関東炊き/関東煮(かんとだき)」という。

江戸のさつま揚げと同じで、関東炊きは関東発祥ではない。東京から伝わった煮込みおでんが関西風に改良されたおでんだ。




さらに話がそれるが、大正10年(1921年)世田谷生まれの寺内大吉という作家がいる。昔ながらの醤油で真っ黒なおでんを愛した寺内氏は、戦後の東京から関東の味が消えつつあることを嘆いている。

高度経済成長まったっだ中の昭和41年。

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戦後おでん通をもって自任するぼくははなはだ愉快でない。

そのわけは関西に「関東煮」と称する似て非なるおでんが誕生したからである。

薄味で色も白けた馬鈴薯やカマボコを皿にのせ、喰ったあとの汁を後生だいじにすすって「通ぶる」やからが輩出してきたのである。

だからミナミやキタで酒を飲むときは意識的に関東煮を避けた。

   (略)

それでも関東煮が大阪界隈で幅を利かせているうちはまだ良かった。大阪商人の東京進出に乗ってこのニセモノがたけだけしく東上してきたことだ。

新橋でも銀座でも関東の味とはおよそ縁遠いおでんがのさばっている。
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寺内氏にとってのおでんは、子供時代に食べた世田谷・ボロ市の立ち食いおでん、たっぷり醤油がしみ込んだ真っ黒に煮詰まったおでんだ。

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冗談じゃねえよ。関東白浪のおでんさんはな、そんな上品ぶったもんじゃねえんだよ。コンニャクの芯までまっくろになって、焼き豆腐でもあんぐりかじってみろやい。口じゅうが塩っ辛くなるようなものでなくちゃあいけねえんだ。土の匂い埃の味がしみついているやつこそおでんさんの味なんだ。

   (略)

とにかく滅びんとする関東おでんの味を、ぼくは終生愛してゆきたいと念じている。
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「あまカラ」抄・1』 高田宏編




>薄味で色も白けた馬鈴薯やカマボコを皿にのせ、
>薄味で色も白けた馬鈴薯やカマボコを皿にのせ、

ここでいうカマボコは揚げかまぼこ、きっと天ぷら(さつま揚げ)のことなのだろうと思う。🤓


今も東京のどこかで真っ黒なおでんを食べることができるだろうか。

健康のための減塩がいわれて久しいから、寺内氏が愛した「滅びんとする関東おでんの味」はもうないのかもしれない。


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オーブントースターで温めるとぷっくり揚げたてのようになってとても美味しい。😋



熱々におろし生姜をそえて☆彡


日本の食卓に うましかて!



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